書評

【本棚】荻野目慶子『女優の夜』虚実皮膜を彷徨する魔性の告白 後編

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わたしはあまり小説を読まなかったのですが、ここのところ意識して、実在の人物の生涯を、実際にその身近にいた人が、小説化した作品を探して読むようになりました。

荻野目慶子『女優の夜』(2002、幻冬舎)もそんな基準で選んだ中の一冊です。小説の素人が書いたスキャンダルにまみれたキワモノの暴露本とはとらえていません。フィクションかノンフィクションかと問われれば、ノンフィクション小説だと思います。

本の帯には、”物語”に”ドキュメント”とルビがふってあります。物語とドキュメントは対義語です。しかし本書はそれが両立しうる”作品”なのです。

女優の夜 -
女優の夜 –

平成2年に映画監督河合義隆が、荻野目慶子の自宅マンションで首吊り自殺をし、それを発見したのが清純派女優荻野目自身であったことから、ワイドショーを賑わす大スキャンダルになりました。

荻野目慶子は五社英雄監督の映画「陽炎」のクランクインを前に気丈にも記者会見を開きました。しかし、着用していた純白のワンピースよりも白く青ざめた能面のように強ばる表情、虚ろな眼や憔悴しきった姿に、誰もが彼女の女優復帰はもう不可能だろうと思われました。

それからおよそ1年後、映画「いつかギラギラする日」のオーディションに合格し、35歳年上であった深作欣二と出逢います。

この映画の撮影中に宿泊していたホテルの一室で荻野目が深作欣二のマッサージをしていたとき、半ばレイプのようなかたちで不倫関係になりますが、平成15年に深作が前立腺癌で亡くなるまで関係は続きます。

本書の目次は以下の通り。丸括弧は私に付した注です。

第一章 転落と「最高の感情」 (深作)
第二章 闇の記憶 (河合)
第三章 秘めた恋の歌 (河合)
第四章 死の誘惑 (深作)
第五章 豊潤な旅の終わり (深作)
あとがきにかえて

五章構成ではありますが、内容を見ると河合との関係と彼の死後の荻野目自身の苦悩を描いた部分の密度が濃いので、深作欣二監督のファンの方が読むと、やや物足りない印象を受けるかもしれません。

深作欣二監督が、前立腺癌の治療のため必要とされた女性ホルモンの投与を、男性機能が失われることから拒否した、という有名な話がいきなり第1章に出てきます。

「命か、セックスか。
監督はセックスを選んだという。
以前、恋人だった監督は、自死を選んだ。
私が去った後、その部屋で。
今、また眼の前にいる監督が、命よりも二人の関係を選ぶという。」

わたし、このときの深作欣二監督の気持ちがなんとなくわかるんです。なぜなら、わたしも似たような選択をしたからです。

わたしは自分が女性であることにこだわり、男との時間を選びました。その結果、自分の命が脅かされる予感はありましたが、男にそのことは伝えませんでした。予感は適中し、今も治療中の身です。でも後悔はしていません。それを愛だの恋だのと飾るつもりもありません。

第2章では河合義隆監督の縊死現場を発見したときのことが書かれています。

「あの日。彼の目は私に向かって見開かれていた。私達の部屋で。
そうして私に言った。
僕は、こうして死んでゆく。君は。君は?」

「『君は、恋に死ねるか?』
彼の動かぬ眼は、しっかりと私を見て、そう問いかけた。そうして待っていた。私がどうするのか。
私は死ねなかった。
私は生きてしまった。」

本書は、愛のために死ねるか、という命題を読者に提示してきます。

おそらく、荻野目慶子は2人の男が自分への愛のために死んだのだと言いたいのでしょう。しかし、わたしから見れば、男たちは女への愛という曖昧な感情からではなく、最後まで男であり続けたいという確固たる意志のために死を選んだのです。

荻野目慶子は、二人の愛人に対して死を怖れるあまりに何度も別れを口にしています。それにすがるのは常に男たちです。

少女時代の家族や動物に囲まれた穏やかな時間。学校や早熟な同級生に反発を感じた思春期。女優として羽ばたく一人の女性の成長の記録という意味ではドキュメントだけれど、書かれている人物の内面はあくまで彼女が作った物語です。

わたしにはこの本を書かせることで荻野目慶子を闇夜から救い、さらに成長させた敏腕編集者の影がはっきり見えてしまいました。

壮絶な体験を重すぎず軽すぎず、どうやって読ませるノンフィクション小説に仕上げるのか、さまざまなヒントが詰まった一冊でした。

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