日記

山谷で食べたふきのとうの天ぷらー共同炊事に参加したときの話 前編ー

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こういうツイートをときどきリツイートしてるんですけどね

わたし、一度だけこの共同炊事に参加したことがあります。ちょうど東日本大震災から1年後、桜が咲く前の3月だったと思います。

東京の山谷と聞くとどんなイメージでしょうか?

大阪のあいりん地区、横浜の寿町と並ぶ、日雇い労働者の町、ドヤ街、怖くて足を踏み入れてはいけない場所、外国人のバックパッカーには人気急上昇の町、そんな感じでしょうか。

実はわたし、山谷とは浅からぬ縁がありまして、大学時代から一人で何度か行っております。友人を連れて案内したこともあります。その主な目的はお墓参りでした。

20年くらい遠目から山谷を見ていたひとりとして、いつか共同炊事に参加したいなあという思いは常に持っておりました。重い腰を上げたのは、山谷の労働者が福島第1原発へ作業員として働きに行っていると聞いたことからです。

いま行かなくていつ行く。

猫の手どころか、みなさんのご迷惑にならないよう、事前にメールしていざ当日、お昼の11時ちょっと前に、労働者福祉会館に着きました。

いろは会商店街の中にある労働者福祉会館は青いタイルが印象的なハイカラな建物です。1階部分に飲食店があったとかで、煮炊きができる厨房があります。昔は道ばたにドラム缶を4本位立てて竈にして、下から薪で火をくべたドラム缶の上に大きな鉄釜を載せて、ご飯を炊いていたものです。

福祉会館に着くと先ずは持ち物を鍵のある部屋にしまいます。共同炊事に行こうと思っていらっしゃる方は基本的に身軽なほうがいいです。クレジットカードや身分証明書、定期券、スマホの類いは持って行く必要のないものですし、荷物、現金は最小限にコンパクトなほうがいいです。

意外と泥だらけになるので、家に帰ったらすぐに洗える素材の黒っぽい服装がおすすめです。マスクとエプロン、軍手があるとなおいいです。荷物は共同炊事が終わって山谷に戻ってくるまでロッカーの中に鍵をかけて入れておくので、小銭入れや貴重品、ハンカチ、ティッシュなど身に付けておきましょう。

簡単な紹介と打ち合わせが終わったらいきなり時間が空きます。共同炊事の本番はお昼からなのです。

1時間くらい時間潰しです。共同炊事にはいろいろな人が集まります。わたしが行った日には、わたしより若い女性がひとりで来ていましたし、彼女と近い年頃の大学生の男の子もいたので、全然心細さは感じませんでした。

だんだん人が集まってきます。その日の献立は五目ご飯と豚汁でした。だいたいの役割は既に決まっています。ベニヤ板でテーブルを作る係、鍋釜に包丁やお玉を洗う係、食材を切る係、味つけ係、ほとんど山谷のおじさんたちがテキパキとやってくれます。いつのまにか誰が何をするのか、分担表のような紙が貼られています。わたしたちはおじさんたちの動きを見ながら手の足りてないことはないか、声をかけながらお手伝いします。いよいよ共同炊事が始まりました!

わたしが一番覚えているのはお米を研いだことです。300人分のお米ですから研ぎがいがあります。

屋外で、冷たいホースの水で、ザクザクお米を研いでいると、だんだん手の感覚がなくなって痛さを通り越してしびれてきます。でも、大変なところに来たなあと思ったのはこのときだけでした。

山谷のおじさんは紙コップで器用に調味料を計り、味つけをしていきます。鍋に豚汁、お釜に五目ご飯の材料を仕掛けたらあとは厨房での作業になります。福祉会館の厨房は狭いので、外に残ったおじさんたちは持ち寄った食材で腹ごしらえです。と言っても、お漬け物と、寒いのでお茶くらいなんですけれど、その中に、おじさんが荒川の土手で摘んだふきのとうの天ぷらがありました。おじさんがわたしに食べなさいとすすめてくれたので遠慮なく食べました。これがね、すごくおいしかったの! 今も忘れられないくらいおいしかった。

いろは会商店街は、ちばてつやさんの漫画「あしたのジョー」のふるさとでもあります。商店街に大きな横断幕がかけられていたり、いたるところにジョーのイラストが描かれたポスターが貼ってあります。泪橋交差点の「泪橋」は、ジョーが子どもたちと過ごした「聖地」だったりします。

山谷も高齢化しました。わたしが生まれる前から山谷にいるというおじさんもいました。街はきれいになりました。酔って徘徊する人や昼間から段ボールにくるまって寝ている人もいません。街は静かでおじさんたちはやさしい。

共同炊事をしていると山谷の別のおじさんたちがわらわらと集まってきました。できたてのご飯はまず地元の仲間に配るのです。みなさんすでに1列に並んでいますがその人数は多くはありません。

ご飯が炊けるまでの時間を使って、わたしはやっぱりお墓参りに行くことにしました。そのとき、マンモス交番の前を通ったのですが、細くてスラッとした若い警官が1人で交番の前に立って見張りをしていました。なんだか長閑すぎて拍子抜けしそうでした。わたしが知っているマンモス交番のお巡りさんは、みなさんラクビー選手のような体格をしていて、その上に防弾チョッキを着て、3人組でビシッとにらみをきかせているけれど、話をするとすごく親切だったからです。あの若い警官は、たとえ道端の日陰に息絶えたホームレスの死体が頭からすっぽり毛布をかけられたまま転がっていたとしても、ああして日なたを向いて見張りをしているんだろうなあと思いました。

福祉会館に戻ったら、おじさんに「どこまで行ってたのぉ?」と聞かれたので「清川です」と答えたら「ずいぶん歩いたでしょう」と言ってくれました。

隅田公園で食べた五目ご飯のおこげー共同炊事に参加したときの話 後編ーにつづきます。

(画像:https://flower.yodoyabashift.com/tag/蕗の薹

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