介護

【親の介護1】85歳の母が腰椎圧迫骨折で入院するまで【寝たきりにしない】

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2016年7月16日(土)、その日はうちの犬の腎臓病療法食の缶詰が宅配便で届く予定でした。うちの母は私が知る限り3回圧迫骨折をしていて、骨粗鬆症の薬も飲んでいますし、整形外科の医師の往診も受け、2週間に1度痛み止めのブロック注射をしていただいていました。ですから本人も決して重たいものは持ちませんでしたし、十分気をつけて生活していたはずなのです。

いつもは届いた荷物は玄関に置いておき、後でわたしが開封していたのを、その日に限って母はわたしの部屋まで缶詰を運ぼうとして、圧迫骨折を起こしてしまいました。

ドスッという音とともに台所にしゃがみ込み苦痛に顔を歪める母を、布団から飛び起きて支え起こしたとき、わたしも母も、最悪の事態が起きているとは思いたくありませんでした。

とりあえずベッドまで運んで寝かせ、救急車を呼びました。病院へ行き、レントゲンを撮ると、何度も圧迫骨折を繰り返しているので、今度の患部がどれなのかわからない。少なくとも2週間の入院が必要。しかし高齢なので入院中に認知症を発症することがあると言われました。

わたしはもう泣くことしかできませんでした。完全に思考停止です。

いい歳した娘が目の前で声を上げてワンワン泣いているので、母は家に帰ると言いました。

わたしは母が一番最初に圧迫骨折をしたときに、3ヶ月以上自宅で介護した経験がありました。また自宅で母を介護すればいい。一瞬そんな考えが頭を占めました。そこでひとまず介護タクシーを呼んでもらい、身動きとれない母を自宅のベッドまで連れ帰ったのです。

帰宅してすぐにケアマネージャーに電話をしました。しかし、圧迫骨折は入院すべきだ。何とかもう一度病院へ戻れないかと言われ、相手にしてもらえませんでした。幸い、ヘルパーの方が自宅に駆けつけて、紙オムツ、パッド、手袋、おしりふきなどを買ってきてくれて、使い方まで教えていただきました。

しかし、翌日になって骨折の痛みが増し、母は自分から入院すると言いました。仕方がないので再び救急車で昨日の病院へ行き、今度は入院希望であることを医師に告げました。するとその若い救急医から信じられないことを告げられたのです。

「自分が担当する患者さんのご家族にはいつも確認しているが、高齢で既往症が多いと、入院中に様々な合併症を起こす確率が高くなる。そういう場合にどこまで延命処置を行うか、親戚と相談して欲しい」

「スパゲティ状態、つまり点滴や管で繋がれた状態で生かすのかってことだ」

「入院期間は4週間」

「(わたしが抗がん剤治療中ってことは)[昨日カルテに書いてあるから] 知ってる」

このときの医師の言葉がわたしを必要以上に苦しめたことは間違いないです。うちの母には心臓の持病があります。この医師の言いたいことは痛いほどわかります。

自宅で介護しようとしたけど頑張れなかった自分を責め、合併症を起こしたらもう生きて帰れないかもしれないと言われた母をひとり病院に残して、自分だけ抗がん剤治療なんかできるわけない。仮に化学療法を受けて副作用がひどくて動けなくなったら、母の面会に行けない。その間に認知症を発症したら、わたしのことを忘れてしまうのだろうか。しかし化学療法をやらなければがんが全身に転移してしまうかもしれない。だってわたしは卵巣がんをまだ切っていないのだもの。わたしも母もどうしたらいいのだろう。どうしようもない。どうにもならない。

7月17日(日)、わたしは母を入院させ、帰宅しました。

一晩中泣きました。

月曜日の朝になりました。

本来なら翌日の火曜日から2泊3日で化学療法のため入院するはずの病院へ、母の入院準備のため、ヘルパーに買ってきてもらった紙オムツや下着、身の回りの品を持って行きました。

わたしは母が無事退院するまで自分の抗がん剤治療を中止し、毎日面会に行き、看病に専念する決意をしました。寝たきりになんかしない。必ず歩けるようにする。スパゲティ状態になんか絶対させない。

水曜日に婦人科の主治医に会って、こういう理由だから少なくとも4週間は治療を休ませて欲しいと伝えました。先生はよけいなことは何も言わずにわたしの決心を受け入れてくれました。

長い夏が始まりました。

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