がん治療

【わたしと卵巣がん4】再手術と「目標を持たない人生」

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2017年1月18日(水)わたしは手術のため入院しました。

化学療法で入院慣れしているはずでしたが、年末年始を家で忙しく、また母と穏やかに過ごすことができた分、親に心配をかけ続けている自分が申し訳ない気持ちもありましたし、手術を迎える日が待ち遠しいような、怖いような、もやもやした思いでした。

20日(金)、お昼の12時30分に、友達が病室に来てくれました。

最後に彼女に会ったのは何年前だったかわからないくらい久しぶりでしたが、全然変わっていませんでした。手術は13時からでした。それまでの30分という短い時間でしたが、お互い猫好きで、彼女がかわいがっているという地域猫の写真を見せてもらったり、わたしが使っている猫手帳を見せたり、お見舞いに持ってきてくれた『ねこサプリ』(雷鳥社)の本だったりと、ずっと猫の話をして盛り上がっていた記憶があります。

もちろん、わたしに緊張させないようにとの彼女の気遣いでした。

まもなく看護師さんに呼ばれて、点滴棒を持ちながら歩いて手術室に向かいました。友達ともしばしお別れです。手術が終わったらまた会いましょう。

変なもので、手術され慣れといいますか、以前の手術でわたしは硬膜下麻酔の薬が合わなくて、術後に強い嘔吐があったので、主治医と麻酔科の医師に伝えてありました。今回は薬の種類を変えるので、多少吐き気は感じるかもしれないが、大丈夫だろうとの話でした。

手術室に入って、すぐに主治医の姿が目に入りました。いつもは麻酔が効いてからいらっしゃるものだと思い込んでいたので逆に緊張しました。ヘアキャップつけて、台に乗って、酸素マスク付けます、体を曲げて、こっち向いて、あっち向いて……注文の多い手術室は、麻酔科の先生の声も看護師さんたちの声もよく聞こえます。早く麻酔効いて!

手術が終わってぼんやり目が覚めると、なぜかガクガクと激しい悪寒が止まりません。息も苦しく、ハッハッハッハッハッと短く呼吸をするのがやっとなのに

「もっとゆっくり息しないと、また気持ち悪くなっちゃうよ!」

という主治医の大きな声が飛んできました。

もう、3回も同じ患者の手術をしているので、主治医もわたしには容赦ないです。

病室に戻ると、友達が待っていてくれました。わたしはなかなか麻酔が覚めにくい性質で、ありがとうというのが精一杯でした。しばらくして主治医がベッドに来て

「悪いところは全部切れたから。さっき写真撮ってたから見てね」と

両手の人差し指と親指で四角く画角を作りながらいいました。

友達は時間をあけて、何度も病室に来て、わたしの様子を心配して声をかけてくれました。ですがわたしのほうは麻酔が効いて朦朧としていたのでほとんど話もできないまま、夕方までつきあってくれました。

麻酔が覚めたのはとっくに消灯時間も過ぎた夜中でした。真っ暗な病室に読書灯のオレンジ色の明かりがベッドを照らしていました。硬膜下麻酔のおかげで痛みはそれほど感じないものの、身動きできません。浴衣の下のお腹の上一面に大きなシートが貼られていました。このシートの下に人工肛門があるのかあ、などと考えていました。ふと、スマホの時計を見ようとしたとき、友達からメールが届いていることに気がつきました。メールにはこう書いてありました。

「人工肛門にならなくてよかったじゃん!」

お、おう。そ、そっかー。よかった……。

ようやく安心して眠ることができました。

友達のTちゃんは、切除してシャーレに載せられた右卵巣とがんの患部を手術後の説明のときに見せられて、写真を撮っておきなさいと主治医に言われたらしいです。わたしとしては立ち合いだけで、そんなことになると思っていなかったので、申し訳ない思いで目の前がクラクラしました。ですが、Tちゃんはちゃんと写真をわたしにメールで送ってくれました。でも、病院から帰ったら嘔吐してしまって、何日か動けなくなって寝込んだそうです。その後も、できれば面会に来ようと思っていてくれたみたいですが、大阪に帰ってからもしばらく体調が悪かったようです。

本当にごめんねえ。心からありがとうね。

わたしの手術は成功しました。

しかし病理検査の結果、顕微鏡の中にがんが見つかりました。

退院前、主治医から告げられた言葉にわたしは大変ショックを受けました。

主治医「これからの化学療法は何回やれば終わりというのではなく、半年、1年と年単位で考えたほうがいいよ」

わたし「今の抗がん剤も抗体ができて効かなくなるだろうから、別の薬を探す必要があるんですよね」

主治医「まあ、そうだね」

わたし「とりあえず何を目標にすればいいかなあ」

主治医「目標とか、決めないほうがいいよ。つらくなるから」

わたし「は?! 目標決めるとつらくなる?」

主治医「そう」

わたし「そんなこと言われても今までずっと自分で立てた目標に向けて生きてきたのに、急に考え方変えろっていわれても無理です」

主治医「そこが文科省の学校教育の悪いところだよね」

わたし「1日1日大切にってことですか?」

主治医「そう」

わたしは、主治医の言う「目標を持たない生き方」を受け入れることはできませんでした。

自分の病状より、自分の生き方を変えることを迫られているほうがショックで、頭の中が混乱しました。

しかし、時間が解決してくれました。

目標を持たずに穏やかに生きる。

がんがわたしに教えてくれたことのひとつでした。

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