がん治療

CVポート奇譚【第二章】

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 CVポートの手術が中止になり、わたしはストレッチャーに乗せられて手術室を出ました。執刀医は、わたしの心臓の横の血管の中に落ちた断裂カテーテルを取る手術をしてくれる循環器の医師を探しに行きました。手術室の外の通路にストレッチャーが止められました。わたしはだだひとりぼっちで心細い思いを抱えながらひたすら泣かないように耐えていました。そこへ、わたしの主治医の一人で婦人科の女性医師M先生が来てくれました。
 
 「大変だったんですって? 今、先生探してくれてますからね」
 
 わたしは主治医に手術室で渡されたレントゲン写真を無言で渡しました。
 
 「あー、ここね。ちょっと借りていい?」
 
 M先生はCVポートが断裂したレントゲン写真を手に、外科の医師に状態を確認しているようでした。話が終わるとわたしにその写真を返してくれました。
 
 
 そうこうしているうちに看護師さんが
 
 「先生見つかりました。これからレントゲンとCT撮りますからね。動きますよ」

とわたしのストレッチャーをエレベーターに乗せました。レントゲン室の前では、執刀医が
 
 「これから循環器の先生が手術してくれますからね」
 
 と、伝えに来てくれました。しかし、もうわたしの頭の中は混乱しているし、展開の早さに全くついていくことができません。大変なことが自分に起きているのはわかったのですが、一度緊張の糸が切れてしまうと、何も考えることができず、ただおろおろと身を任すしかないのです。

カテーテル手術で落とし物を回収

次に通された部屋が循環器のカテーテル手術専用の部屋だと知ったのは、手術着に着替えさせられてからのことです。CVポートは右の鎖骨の下辺りにあるので、交換手術の場合は上だけ脱げば支障はなかったのですが、カテーテル手術は右大腿部の静脈から1mm位のカテーテルを入れます。尿の管を入れられ、前張りを貼り、右の鼠径部にブスブスと局所麻酔の注射をしました。注射3本目位で麻酔が効いているのがわかりました。天井にはレールが敷いてあり、レントゲンの機材を移動させながら画像が逐次見えるようになっています。手術室の隣にもうひとつ部屋があって、外科の執刀医はそこにいて手術を見守ってくれました。
 
 カテーテル手術は初めての経験でした。循環器の先生が2人がかりで体の中の落とし物を取りに行きます。でも、意外と短時間で手術は終わりました。
 
「完全に取れましたからね」

「早く取れてよかったですね。手術の準備の方が時間かかっちゃったくらいね」

という、循環器の先生とオペ室の看護師さんの声。予備室から外科執刀医の
 
 「先生、ありがとうございます! ありがとうございました!」
 
という大きな声。ふと見ると婦人科の主治医も2人予備室にいらして、

 「おっ、よかったねえ」
 
と、一言。手術が成功して、婦人科の主治医の顔を見たときに、わたしの中で重たい感情の蓋が開いた拍子に、心のびっくり箱がひっくり返ったみたいに

「超怖かったんですから~! マジ信じられない! 怖かった~!」

と、ワーワー子どものように泣き叫んでいました。循環器オペ室の看護師さんもびっくりしたかもしれませんが

 「M先生は女性だからね、ずっと見てくれてるし、話しやすいわよね」

と笑いながらわたしを落ち着かせてくれました。

3つの選択

 病室に戻りまして、ベット上絶対安静です。カテーテルを刺したところには石の重しが乗せられ、4重に弾力のあるテープを貼って止血してあります。体を横にしても大出血することがあるのだそうで、起き上がるのは厳禁。ましてわたしはアバスチンを使っているので血が止まりにくいのは自覚していました。

 それにしても尿の管が痛い。入れ方にもよるのかもしれないけれど、とてもじゃないけど耐えられない。看護師さんに座薬を入れてもらって少し楽になりました。婦人科と循環器科が同じ病棟だったので、なじみの看護師さんが次々とわたしの様子を見に病室に来て励ましてくれました。看護師長さんまで来てくださって、大変なことがわたしに起こっていたんだなとようやく冷静になって理解することができました。1日に2回手術台に乗った人ってわたしくらいじゃないかしらん。

 落ち着いたころ、外科のN先生が病室にきてくださいました。そして、これからの方針として3つの提案をなさいました。
 
 1、明日、退院する
 2、明日、新しいCVポートの埋め込み手術を行う
 3、明日、残っているCVポートの除去手術のみ行う
 
この中のどれがいいですかと仰いました。わたしは3を選択しました。2を選択するとその後の化学療法が1日ずれこみ、退院日も伸びてしまいます。入院期間中は母をショートスティに行かせていますが、薬は滞在日数分しか持たせていません。また、1日で極度の緊張を経験し、疲労困憊ではあったものの、せっかく入院したからには化学療法はやって帰りたいです。そう、できれば退院日は変えたくありません。ドクターにわたしの希望を伝えると、

「わかりました、明日残ったCVポートを取りましょう。取るのはすぐできるんです。外来でも10分くらいでやっていますから。病室で手術しましょう」

「よろしくお願いします」

 正直、明日のことなど考えられない。でも、CVポート断裂の原因は追究しないといけません。再び入れたときに不具合が生じないとは限らないのですから。少なくともわたしを手術してくださったN先生はCVポート埋め込み手術を200件余執刀された中で、壊れたのも初めてだし、完全に断裂してしまったのも今までに例がないということでした。先生の中で考えられる原因や、わたしがネットで調べたデータなどを話し合い、次に新しいポートを入れる際の改善策のようなものがまとまりました。

これからCVポートを使おうと思ってらっしゃる方を怖がらせてしまったかもしれませんが、重ねて申し上げます。わたしは長期化学療法の患者さんにCVポートをお薦めします。抗がん剤治療中の体の負担が本当に楽になります。

 今回のようなCVポートのカテーテル断裂は、日本医療機能評価機構 医療事故防止事業部の「医療事故情報収集等事業」第29回報告書(2012年1月~3月)によると、平成17年~平成24年のデータで毎年数件起こっている事案です。一番多い年で平成22年の10件です。非常に稀な事故であることは確かなのです。事故を防ぐためにできることは、製品の添付文書を順守する。定期的にレントゲンでポートの状態をチェックする等が考えられます。埋め込まれている患者には点滴が漏れるまでわからないし、体の中でカテーテルが断裂していても全く自覚症状はないのです。

CVポート摘出

 翌日、朝10時過ぎから化学療法第1日目のデカドロンの点滴が始まりました。久しぶりに腕からの点滴の痛みを思い出しました。まだ吐き気止めだからいいのですが、抗がん剤で血管痛があったりすると、腕を温めたりしながら点滴をすることがあります。看護師さんが
 
 「外科の先生は午後2時にいらっしゃるそうです。(CVポート)取ってもらいましょうね」
 
 と教えてくれました。どうやら点滴をしながらの手術になりそうです。
 
 2時になって、若いS先生が手術着でいらっしゃいました。研修医というのでしょうか。昨日、手術室でもご挨拶をした先生なので、わたしは助手をなさるのかな? でも10分くらいの簡単な手術って仰っていたから、助手の先生は何をなさるのかな? とぼんやり思いました。すると、みるみるわたしのベットの周りに手術用のライトが置かれ、簡易手術室が出来上がりました。同じように手術着を着た執刀医の先生もいらっしゃいました。
 
 「これから取りますからね」
 
 「あの、先端恐怖症なので目をつぶっていていいですか」
 
 「どうぞどうぞ、つぶっていてください」
 
 目をつぶっていたら、お腹の上と顔の上に手術用のシートがかけられて、視界が完全に遮られてむしろ落ち着きました。昨日のカテーテル手術のときの恐ろしさに比べれば、場所も大きさもはっきりしているため、(さあ早く取ってくださいね、ちゃっちゃと終わらせましょう)くらいの心持でいました。すると、執刀しているのは若い方のS医師で、わたしに3つの提案をした外科のN先生は、向かい側から指導を始めたのです。
 
 「そこを切るとな、皮があって出ないんだ。そう、そこだ! 今度は取れただろ!」
 
 先生方の声だけを聞きながら、S医師の荒い呼吸やお腹の上に乗せた腕の重み、縫合の糸がからまった(?)とか、褒めながら励ますN先生の安定した指導法など、だんだん興味深くなってきました。最初は昨日の緊張感がよみがえりそうになりましたが、ベテランの先生はこうやって若い医師を育てるのね。手術は無事に終わりました。ちょうど1時間経っていました。時間はかかったかもしれませんが、S医師の手術はとても丁寧で、当日の麻酔が切れた後も、翌日も全然痛みは感じませんでした。
 
 N先生はわたしのCVポートの手術を昨日、S医師にさせるつもりだったんだな、とこのとき気がつきました。それがあれだけ大変なことになるとは、本当に誰も予想だにしませんでした。わたしはS医師に新しいCVポートの手術を来月執刀してくださいねとお願いしました。わたしの体が優秀な外科医の役に立つのです。こんなに嬉しいことはありません。

 今、わたしの体には何も入っていません。無事に新しいCVポートを入れたら、CVポート奇譚【第三章】に書きましょう。


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