がん治療

私の体験談・がん勉強会にて

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

はじめに

みなさまよろしくお願いいたします。体験談を話せということなんですけれども、後ほど質問の時間があるそうなので、今日はどんな質問にもお答えします。

がん患者のご家族に向けて、父のこと

まず、私自身の治療の話より前に、がん患者を支えるご家族のほうが実はずっと大変なのではないか、家族をがんで亡くした経験というのは、何年も癒されることのない、その方の人生を変えてしまうほどの痛みになると、わたしはうちの父を9年前にがんで亡くした経験から思います。ですからご家族に向けて、まずわたしの父の経験をお話ししてから、がんの具体的な治療の話に入りたいと思います。

わたしの父は9年前に多発性骨髄腫で亡くなったのですが、その頃多発性骨髄腫はとても珍しい病気でしたので、わたしはまず、患者会に入って情報を得ました。その患者会では病気についての詳しい解説書を発行していたので、本を購入すると同時に会に入りました。会からは年に4回「がんばりまっしょい」という会報が送られて来ました。会報とともに、インターネットの交流掲示板を閲覧できたりしましたが、会費は払っていません。さきほどのお話のように、いろいろな患者会があると思いますが、多発性骨髄腫の患者会は正会員として会の議決権に参加する場合は年会費一万円でしたが、それ以外は無料で入会できました。

その本で多発性骨髄腫がどういう病気か勉強したわけですけれども、本の中に多発性骨髄腫に効く抗がん剤は三十回くらいで効かなくなるというようなことが書いてありました。つまり抗がん剤が効かなくなったら、その段階以上の手立てがない。今ではサリドマイドなどが認可されてそんなことはないのですが、当時は、この本は父には絶対見せてはいけないと思って、わたしの部屋の本棚の奥の方に隠しておいたのです。でも、父が勝手に本を探し当てまして、勝手に読んでいまして、いつの間にか父の部屋に置いてありました。父はその抗がん剤を在宅で、訪問医療の整形外科の先生に投与してもらっていました。抗がん剤をやっているうちは本当によく効いて、うちでは普段と変わりなく料理を作ったり、ベランダの植木をいじったりしていました。

その頃、うちの父がほとんど枯れたポトスの鉢を植え替えていまして、わたしはもう枯れてるんだから植え替えても無駄じゃん、と思ってみていたのですが、なんだか印象に残りまして、わたしもそのポトスを大事にしていたら、9年たった今でも枯れずに、つるをどんどん伸ばして、そろそろまた植え替えてやらないと根っこがカチカチになっています。たとえ植え替えてもこのポトスに水をやる人はわたししかいないんですけど、植木鉢を買いましたので、涼しい日にでも植え替えようと思います。

父の死後うつ病になる

さて、父の抗がん剤は本当にある時を境に効かなくなりました。在宅でしたので隣の部屋から父が絶望して叫び声をあげたのをわたしははっきり聞きました。最終的に入院しまして、病院で亡くなったのですが、ちょうど、わたしも胆石症でおなじ病院に入院していたんです。で、胆石の手術も無事に終わって動けるようになったので、上の階にいる父に会いに行ったんです。すると父がわたしに気づいて「来るな! 来るな!」と叫ぶんです。それが最後に見た生きている父です。わたしは父の死後、ひどいうつ病になってしまいました。わたしなりに父の看病をがんばっていたつもりでしたが、いざ亡くしてみて、もっと父にいろいろしてあげられたのではないか、父に対する後悔や申し訳ないという自責の念にさいなまれ、毎晩泣きながら死にたいと思うようになってしまいました。昼間はほとんど寝たきりで、夜になると起きて泣くという生活でした。自分でも、これは本当に自殺してしまうと思ったので、いろいろインターネットでうつ病のことを調べました。そのとき見つけたのが精神保健福祉センターの存在です。

精神保健福祉センターの紹介

精神保健福祉センターというのは、精神保健福祉法によって設置が定められている機関で、東京都には3か所あります。ここで、精神保健福祉相談を電話で受け付けていまして、匿名で助言や精神科の病院を紹介してくれたり、現実的な情報を得ることができます。わたしの場合は明らかにうつ病でどうしようもない状態だという自覚があったので、精神科でカウンセリングを併用している病院を紹介してもらいました。おかげさまでうつ病は克服できました。そこの病院には今も睡眠薬を処方してもらいに行っています。いきなり近所の精神科の病院に飛び込んで抗うつ薬を処方されるより、まずは精神保健センターに電話をして相談するのがおすすめです。もしかしたら精神科の薬は必要ないかもしれないわけですし、カウンセラーのほうが効果が高いということもあります。また、精神科のような病院ではなくて、がんになった家族や友人の看病をしながら、心がおしつぶされそうなときに行けるところ、もちろん治療中の方ご本人が、気軽に行ってストレスマネージメントや、心や体が軽くなるプログラムに参加できる施設があります。のちほど、二つご紹介したいと思います。

で、今年、母を虚血性心疾患という、88歳だったんですけれども、朝はすごく元気にデイサービスに送り出して、その施設で急変しましてあっという間に亡くなりました。それまでは認知症ですから24時間介護の生活で、自分のことより母のことを優先する生活でしたし、また、父の時のようにうつ病になるんじゃないかと精神科の主治医の先生と二人で心配していたんです。でも、逆に落ち着いていました。さみしい気持ちもあるんですけれども、母に対してはわたしは介護をやりつくしたというか、できることはすべて精一杯やったという自信のようなものが残ったんです。だからうつにならなかったんじゃないかと思うんです。今でも家にいる遺骨によく話しかけたりしています。

がん患者として

ではわたしのがん患者としての治療歴をお話しします。わたしのがんは卵巣がんです。発見時には腹膜播種もしておりましたのでステージⅢCとの診断でした。2016年3月のことです。当時は腹水がいっぱいたまっていて、手術でがんを取りに行くところまでいかずにすぐお腹を閉じてしまいました。入院中にに腹水を抜きまして、1500mlくらい溜まってたんですが、その腹水からがん細胞を取り出して栄養分だけを集めた点滴をしてもらいました。医学の進歩はすごいです。

それから2週に1度の入院化学療法を続けて、薬が効いたら再手術できるかもしれないということで、入院中に初めての抗がん剤をやりました。わたしの抗がん剤はTC療法といって、パクリタキセルとカルボプラチンの2種類のお薬を点滴します。2017年1月にTC療法を17回やったところで、再手術が決まりました。わたしは左の卵巣を卵巣嚢腫で摘出していたので、病巣は右の卵巣でした。手術で右の卵巣とちらばったがんをできるだけ取ってもらいました。2017年の10月から抗がん剤をイリノテカンに変えました。お薬を変えたのは、腫瘍マーカーの数値がちょっと上がってきたのと、画像診断で再発が疑われたためです。イリノテカンは5回投与しましたが、わたしには効きませんでした。そして、2018年1月に再々手術で再発したがんを取る手術を受けました。実は今年も手術しました。ですがそれはCVポートという、点滴を刺す土台みたいな医療器具を胸の上の方に埋めていただきました。がんと診断された時からの緩和ケアのひとつですね。これを埋め込んだことで化学療法が格段に楽になりました。わたしは何クールというように、ゴールが決まっていませんので、死ぬまで抗がん剤を点滴するわけです。もう、六十回はやっています。そのたびに腕に点滴の太い針を刺され、たまに失敗したり、腕を曲げると点滴が落ちないとか、点滴漏れたとか、そういうトラブルから救われました。CVポートはわたしのように長く化学療法を続ける方やご高齢の方におすすめしたいと思います。

抗がん剤の副作用について

抗がん剤のことをお話ししないといけませんね。お薬と個人によって副作用の出方はさまざまなのですが、わたしは副作用が比較的強く出たようで、最初に抗がん剤を投与した後、2日ほど経ってから嘔吐が出て、病院のトイレの便器にしがみついて出られなくなりました。その後も強い吐き気に悩まされまして、24時間眠れない。食べられない、テレビで美味しそうな料理が写っても吐き気がこみあげる。2週に一度の入院治療の前に入院手続きを椅子に座って待っているだけで吐き気がする、そんな感じでした。

もちろん家では寝たきりのような状態ですし、こんな苦しいことはないだろうと思っていたのですが、実はわたしに投与されていた抗がん剤は普通の三分の一量だったんです。一回の量を少なくして回数は三倍。そうすると、ほとんど副作用を感じないし、髪の毛も抜けない、ゆるやかで途中でギブアップしないでゴールできるような投与量に調節してあったのです。わたしは去年の夏に一般的な通常量を一度投与したのですが、それまでのお薬の蓄積もあったからでしょうか、髪の毛が3日で全部抜けまして、手足のしびれと全身の痛み、いつも以上の吐き気が2週間以上続きました。普通の病院ではこの苦しさに耐えているんだ。私の場合は母の介護がありますから、今までいかに恵まれていたか思い知りました。通常の抗がん剤の量では母の介護と治療を両立させることは不可能だった。うちの母はそのころ認知症がかなり進んでいて、わたしの病気も、何で具合が悪いのかも忘れてしまっていましたので、副作用の間はショートステイに行ってもらって、家に帰ってきたらみるみる娘の頭がつるつる坊主になっていくのは、さすがにショックだったようです。母の認知症がさらに一気に進みました。ただ、お薬はよく効いてくれたので、どうするか主治医と相談し、やはりわたしは介護をしなければならないのでとお願いし、分子標的薬という新しいがんの薬を使うことを決めました。

以前からやっているTC療法のお薬を三分の一量にして、更にアバスチンという分子標的薬を加えた三種類の抗がん剤を入院のたびに点滴してもらうわけです。この九月でアバスチンも十六回めになります。アバスチンの副作用は粘膜にくるらしく、わたしの場合は鼻血、鼻水、のどの痛み、かゆみ、次々と変わるので、やってみないとどんな副作用がくるかるかわからないというのが正直な感想です。でも、髪の毛はすっかり生えてきました。

入院患者同士の交流

月に二度の入院化学療法の時は、同じ病室に同じ抗がん剤の治療で入院している患者さんで顔見知りになることも多く、またお会いしましたね、という感じで、点滴が終わるとおしゃべりに伺ったりしていました。婦人科は先ほどもお話ししましたとおり、お薬の量を三分の一にして、副作用もゆるやかなところから始めますので、みなさん髪も抜けていませんし、とてもがん患者だとは思えないほどおきれいにしてらっしゃって、お元気です。一度、一つの多数室のうち三人が婦人科の同じ治療で入院してらしたことがあって、みなさん顔見知りで、パジャマを着てきゃっきゃきゃっきゃおしゃべりしたものですから、なんだか女子校の修学旅行の夜みたいだわと思ったこともあります。

そのうちのおひとりは抗がん剤治療をしながら船で旅行を楽しまれたり、毎日2・5キロ散歩して体力が落ちないようにしてらっしゃったり、月に一度ご自分で白髪染めをなさっていたり、みなさん自分らしく過ごしていらっしゃいます。そうやって、患者同士不安を話し合ったり、元気をもらえたりしていました。

その中のおひとりで、わたしが治療と母の介護でぬけがらのようになって、いつもの血液検査の結果が出るまで外来の待合にすわっていたときに、声をかけてくださった患者さんがいらして、その方もご家族の看病やご自身の治療で、わたし以上に大変な経験をなさっていたのですが「病院と家の往復じゃストレスがたまっちゃうでしょう」といろいろ励ましてくださって、診察で呼ばれて先生の前に座ってもまだ涙が止まらなくなってしまったことがありました。凍り付いた私の心を溶かして、外に出るきっかけをくださった恩人だと思って感謝しています。わたしはたまたま同じ病院の中で、同じ病気の患者さんと大勢知り合うことができて、幸運だったと思いますし、患者同士お友達になって会話して救われる部分も大きいのではないでしょうか。

治療中の過ごし方について 犬のこと

治療中の過ごし方なんですけれども、今年の2月までは母の介護第一の生活で、一日でも長く母と一緒に暮らすことがわたしの唯一の望みでした。母より長生きをする、それががん告知から一貫した願いでした。主治医にそれは伝えてあって、本当に約束を叶えてくださったわけです。母が亡くなりましたので、主治医に「もう治療ゆっくりでいいですよ」と言ったら、先生が「犬がいるでしょ」とおっしゃったんです。うち、犬飼ってまして、白い小さいポメラニアンで、この子が2歳の時に急性腎不全と、急性膵炎になりまして、動物病院に連れていったら、腎臓の数値でクレアチニンとBUNっていうのがあるんですけど、BUNの値が高過ぎて、病院の機械では計測不能って出たんです。獣医さんも、いつ死んでもおかしくないから入院はさせられない。つれて帰ってくださいっておっしゃったんです。なんとか助けてくださいってお願いしたら、一週間毎日点滴に来てくださいと、一週間が山ですっておっしゃられました。それから毎日点滴にかよって、血液検査をしたらまあ数値が高いなりに下っていたので、入院させていいという許可がでまして、十日ほど入院させました。で、犬には人工透析とかありませんので、その後も一週間に一度、ちょっと良くなって二週間に一度、点滴に連れていっていたんです。わたしががんになってからも、自分の抗がん剤治療、翌週は犬の点滴、また入院化学療法、犬の点滴と、犬とわたしの境遇が重なってきました。で、犬の方は二週間に一回の点滴から、一ヶ月に一回の点滴とみるみるよくなりまして、今は点滴もしていませんし、血液検査をしてもいつも正常値で、ことし8歳になります。わたしは主治医によく犬の話をしていたんです。家に帰ると目の前に生きる奇跡が走り回っていますので、生命力の強さとか、わたしの希望になっていますし、今はこの子と一日でも長く二人で暮らしたいです。いつか、わたしの病気が悪くなったら里親を探してやらなきゃいけないとは思っているのですが、犬がわたしの生きがいになっています。

笑うこと

話が変わりますが、プロゴルファーの渋野日向子さんって、御存じですか。全英オープンで優勝しました。ラウンド中にお菓子食べたりして、いつもかわいらしい笑顔が魅力的ですね。わたしはこの人は笑顔のパワーを知っている人だと思いました。がん患者さんで「笑うと免疫力が上がるよ」って言われたことがある方、たぶんいらっしゃると思うんですけど、病気だろうが健康な方だろうが、笑うとパワーが出るのは一緒だと思うんです。これはわたしはうつ病になって、それを克服したときに学んだことなのですが、つらいときこそ笑う。苦しい時こそ爆笑する。そうするとパワーが出るんです。

チャールズ・チャップリン、言わずと知られた喜劇王です。チャップリンは完全に笑顔のパワーを知っている、知り尽くしている人です。彼の映画の中に「モダンタイムス」というのがあります。ご存知な方いらっしゃいますでしょうか。工場のベルトコンベアーに吸い込まれて、大きな歯車に巻き込まれちゃうシーンが有名だと思います。その映画の中でチャップリン演じる男が働かされ過ぎて発狂して精神病院に入るとか、いくら働いても働いても非正規なのでへまをするとクビになっちゃうとか、愛する彼女と出会ってマイホームを夢見て、ようやく彼女の紹介でパブで一緒に働けると思ったら、権力にじゃまされるとか、お話は悲惨なんですけど、喜劇なんです。そのラストシーンで、バスから降りた彼女がもう生きていたくないって路傍の石に突っ伏して泣き出しちゃうんですね。その彼女にチャップリンはそんなこと言わないで元気を出そう、笑おう、って口角をあげて笑ってみせるんです。ここで有名なスマイルという曲がかかるんですが、彼女も一緒に笑って、元気出して、新しい道を歩いていくという、有名なラストシーンがあります。

つらいときにいきなり笑えと言われて笑えるものじゃありません。でも、チャップリンのように口角を上げることからまず始める。次に口角を上げて笑顔でいること、楽しかったことを思い浮かべたりして、だんだん声を出して笑えるようになればしめたものです。これは、免疫力うんぬんとは関係なく、誰でもできる生きる知恵みたいなものだと思います。

「モダンタイムス」の中のSmileという曲は、のちにナット・キング・コールという人が詞をつけて歌って大ヒットしまして、いろんな人がカバーしています。わたしはマイケル・ジャクソンの歌うスマイルが大好きで時々聴いています。その詩はこんな内容です。

心が傷ついてくずれそうなときでも笑おう。空を見て、雲があればきっと大丈夫。怖れと悲しみの中から振り絞って浮かべた笑顔でも。笑えば明日につながる。お日様はあなたを照らし、悲しみの跡を隠すだろう。今がそのとき。頑張るしかない。もし笑うことができたなら、人生はまた価値がある。

素敵な曲でしょう。だからみなさん、苦しい時こそ笑いましょう。

マギーズ東京について

さて、わたしのように病院の中で看護師さんとおしゃべりしたり、薬剤師の先生に根掘り葉掘り質問したりできる環境にあったのはとても幸運なことて、中には誰かに聞いてもらいたいけれども、健康な人にはわかってもらえないだろうとか、家族を看病していて懸命に励まして治療につきそっているけれども、本当は自分を励ましてほしい。ストレスや心の安定を得る方法を教えてほしい。そういう方にぜひご案内したいところを二か所お知らせします。

まずひとつは、ぜひ患者さんご本人に行っていただきたいマギーズ東京という施設が豊洲にあります。豊洲市場に近く、ゆりかもめの市場前駅で降ります。豊洲市場行きの都営バスが東陽町や新橋から出てますので、そちらを利用されても行けますが、マギーズ東京は平日の10時から夕方4時までですので、お仕事をしながら治療されている方には、なかなか不便なのが残念なところです。

マギーズ東京ではいろいろなプログラムがあって、わたしが参加したのは火曜日の心のリラクゼーションというものでした。簡単に言うと呼吸法です。1メートル先にあるろうそくの炎をイメージします。新鮮な酸素をゆっくり吸って、古い息を体の中からゆっくり集めてその炎をけすように長ーく遠くへ吐く。今のは一例なのですが、これは、自律神経を整える効果があります。自律神経には交感神経と副交感神経があって、本当は両方のバランスが取れているのがベストなのですが、どうしても交感神経が優位になってしまう。それをゆっくり深い呼吸法で副交感神経を優位にして、心と体をリラックスさせて、心を整えるという理にかなったものです。実際に一時間のプログラムをやってみましたが、とても気持ちのいいものですし、楽しかったです。参加者に簡単な質問をしてお話をしながらすすめます。最後にはいびきをかいて寝てしまう方もいらっしゃいました。金曜日はヨガの要素を加えた体のプログラムで、月曜日はストレスマネージメントだそうです。ここの利用はすべて無料です。

プログラムがないときても、がんに関する本がたくさんありますので、図書館にいくつもりで本を読んでもいいし、臨床心理士さんや看護師さんに相談してもいいし、離れで寝ちゃってもいいし、お茶飲んでくつろぎに行くだけでも癒される空間でした。名前も聞かれませんし、嫌なら何も話さなくていいんです。建物のまえに花壇があって、ハーブやお花をたくさん植えているので、わたしが行ったときにはみんなで花摘みをして、おみやげにお花をいっぱいいただいて帰りました。

がん哲学外来について

マギーズ東京は平日のみの開館ですが、もうひとつ、メディカルカフェのご紹介をします。これは順天堂大学の樋野先生という方が、医療と哲学をむすびつけて、がん哲学外来を開設されたことに始まります。樋野先生の考えに共鳴された方が全国でがん哲学外来メディカルカフェを開き、より参加しやすいように、お茶やお菓子を食べながら心の中にあるつらい思いや、疑問に思っていることなどを話し合う場所を開放しています。

わたしは東中野のメディカルカフェに参加してきました。ここはキングスガーデンという高齢者施設のラウンジでした。おしゃべりをするのは女性のほうが得意かもしれませんが、こちらの主催者がお二人ともおじさんで、おじさんたちがお茶をいれてくださったり、話を聞いてくださるので、男性の方がおひとりで初めて行ってみるのに東中野は向いているかもしれません。がん患者、またその家族や友人、がんに興味がある人、どなたでも参加できます。お茶代300円です。ここはお互いの悩みを話し合って、肩の荷をおろして帰るという感じです。樋野先生の言葉の処方箋というのをいただいて帰りました。

「支えるのではなくて寄り添う」

意味は

あなたの身近に苦しむ人がいたら、余計なことばをかけるよりもまず、寄り添ってみてはいかがでしょう。支えてあげるではなく、隣にさりげなくだまって寄り添うことならば、どんなに微力な人でも、病気の人でもできるはずです。寄り添う心には言葉を超える喜びを互いにもたらす力がきっとあると思います。

たしかにそうですね。こういう言葉の処方箋がいっぱいあるんです。東中野の他にもあちこちでやっています。ほとんどが土日です。興味のある方はがん哲学外来のホームページを検索してみてください。

映画やります

東中野のメディカルカフェでは、10月にがん哲学外来のドキュメンタリー映画を上映します。映画「がんと生きる 言葉の処方箋」、10月XX日の土曜日13時半~90分です。30分ほどセッションをして、16時に終了予定です。500円で見られますからお得ですね。キングスガーデンはとてもきれいな施設ですので、ぜひお出かけください。

また、マギーズ東京の映画も10月にあります。マギーズ東京オープン3周年記念上映会として、映画「がんになる前に知っておくこと~医師と看護師、経験者との15の対話」というドキュメンタリーです。こちらは10月XX日、木曜日の夜、開場6時半、開演7時、豊洲シビックセンターの5階ホールです。豊洲シビックセンターは有楽町線の豊洲駅の真横にあります。徒歩1分。こちらは参加費が1800円と、事前に予約が必要です。定員300名なので、どうぞお早めに。

おわりに

本日はわたしの体験談ということでしたが、がん患者を長くやっていますと、人の生命力の強さについて実に興味深い話を聞きます。つまり人間は死ぬまでは生きている。その生きている間、いかに自分らしくがんと折り合いをつけながら全うするか。人それぞれ考え方は違うと思うのですけれど、がんに勝つとか負けるとかじゃなくて、がんになってこれはできなくなったから、違うことを始めるとか、治療に臨む態度や、がんになって見える景色とか、悲しいこともありましたけれど、今はがんから学ぶことが非常に多いです。わたしのお話は以上です。どうもありがとうございました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。