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医療マンガ大賞アフタートーク(1)

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イントロダクション

12月13日(金)、麹町の文芸春秋社新館8階・株式会社オズマピーアールプレゼンルームで開催された、医療マンガ大賞のアフタートークに行ってきました。

医療マンガ大賞というのは、横浜市医療局とSNS医療のカタチプロジェクトの医師らによって共催され、SNSで募集した医療エピソードを選定し、そのエピソードを同じくハッシュタグを使ってマンガ化作品を募集したものです。8つのエピソードが決定してから、1週間弱で55作品が集まったそうです。

アフタートーク当日、会場は一番後ろの壁際までぎっしりと丸椅子が並べられ、関心の高さをうかがわせるに十分な盛況ぶりでした。会場の雰囲気も最初から最後まで明るく、司会のヤンデル先生は、最初は緊張してふるえている横浜市職員のふりをして壇上の陰で待っていて、会が始まると、やおら某ねずみーランドのキャラクターに似た帽子をかぶり、観客をおどろかせていました。そしてヤンデル先生はそのスタイルで最後まで司会をなさいました! かわいい!

上のVTRに続いて、横浜市医療局医療政策部医療政策課の大山紘平さんから趣旨説明がありました。

横浜市は医療政策に積極的で、マンガを使った取り組み、SNSを使ったコミュニケーションを通して、医療に対する視点の違いや想い、実際の医療現場での出来事、医療の話題をわかりやすく伝えることを医療マンガ大賞の目的としています。

医療エピソード採用のウラ話

SNS医療のカタチから、ほむほむ先生(小児科医)、大塚篤司先生(皮膚科医)、けいゆう先生(消化器外科)、ヤンデル先生(病理医)の順で、選んだエピソードとその理由についてお話がありました。

ほむほむ先生が選んだエピソード

テーマ 流産、入院、診察

結婚してすぐ妊娠したことがわかった。突然のことで戸惑いもあったが、エコーで胎嚢・心拍が確認できるようになると、次第に小さな命に愛着が湧くようになっていた。9週を迎えて初めて母子手帳を貰って受診した妊婦健診で、稽留流産をしていることがわかった。

内診台のカーテンの向こうで先生がいつもより時間をかけて色んな角度から確認したり、小声で看護師さんに他の先生を呼んできてもらっている様子がわかった。カーテンを開けられてエコーの画面を見ながら赤ちゃんの心拍が確認できない説明を聞いた。

その間は、心臓の音がうるさいと感じるほどバクバクしていて、本当に自分に起こっていることなのか信じられなかった。何か夢でもみているんじゃないかと思いながら内診台を降りて診察室に戻ると、先生が私をみて一言「うーん、今回はダメかもしれませんね」と。

私は先生のあまりの軽さに驚きとショックを感じた。流産は珍しいことではないとわかっていたし、先生にとってみれば、私はその珍しくないうちの1人なんだということもわかっていた。それでも、病院の会計待ち中に貧血を起こしてしまう程度には混乱していた。

先生のその態度は、私が悲しむ事さえ否定しているかのように感じられ、子供を失ったショックと流産手術に対する不安に加えて、不信感と怒りを感じた。私にとっては代わりのきかないたった1人の大切な赤ちゃんなのに。そんな気持ちで、帰りの車の中でやっと泣けた。

数日後に手術をして、1ヶ月後の術後検診でのこと。その際は、診断をした先生とは別の先生に診察をしてもらった。その先生は病理検査の結果などの説明をする時、「残念ですが、やはり稽留流産でした。」と言ってくれた。

私にとって、先生から「残念ですが」という言葉を聞けて、やっぱり悲しんでいいんだという何か許されるような心が少し軽くなった気がした。先生も一緒に悲しんでくれたことが、なんだか嬉しかった

患者に言いにくいことであっても、伝えなければいけない先生の立場は辛いと思いますが、患者に寄り添ってくれるだけで救われる気持ちもあるんだと実感した経験でした。

ほむほむ先生「(小児科医なので)子どもにはいろいろ話をしてきました。ハイタッチしたり、診察室でぼくの椅子に座らせたり。でも、もっとお父さんお母さんに話をすればよかったと思いました。アレルギー外来でいらした父母に『お父さん、お母さんよくがんばりましたね』の一言があればと。それからは言うようにしています」

大塚篤司先生が選んだエピソード

テーマ 乳がん

乳がん全摘で入院した時のこと。

病棟看護士のSさん(仮)は新人さん。点滴の針はなかなか入らない、

駆血帯を絞めたまま考え込んでしまう、なかなか色々とうまくいかない様子。

でも彼女はいつも一所懸命。

ある日洗髪介助をしていただくことになった。

そうしたらこれが頗る上手い。丁寧でムラがない。

思わずほめちぎったら目に涙。つらかったんだろうな、と思って励ました。

退院のとき、「なつめさんはいつも明るいし針をうまく刺せなくて繰り返してしまったのに嫌な顔しないし・・・・・・

本当にありがとうございました」

でも違うのよね。

誰でも最初は初心者で、わたしなんかがん患者の初心者。つまり初心者はお互い様。

ベッドで思うように動くのが難しい術後を支えてくださる人は、みんなプロ。

怒鳴る患者さんや、ゴネる患者さんがいるのも知ってる。ストレスからかも知れない。

有り難いのはむしろこっち。機嫌良く過ごさせて貰った。

一所懸命な姿や笑顔があったからこそ、ハプニングも面白く過ごせたのだと思う。

いつか彼女も「新人の頃いっぱい刺しちゃったことがあったのよね」なんて言うのかな。

大塚先生「医療って人生だなと思った。幡野さん(幡野広志さん)のすごいのは、患者さんの立場でやさしいこと。エピソードの中で一番『やさしい』を出しているのを選びました」

ヤンデル先生「150位あるエピソードのうち、それぞれ選ぶ視点が違いますね」

けいゆう先生が選んだエピソード

テーマ 入院

まだまだ若輩者で担当した患者さんは少ないし、医療職の癖に人の名前がなかなか覚えられない性格の私でも、唯一覚えている患者さんがいる。

Aさん。資格を持ってから初めて、わたしが担当した患者さん。

・・彼女が退院する時、私は感謝されなかった。

初めての自分の担当に、やる気は人一倍あった、つもりだった。ただ、どんなに真面目に聞いていた大学の資料も、患者さんの前では紙切れと化すばかりだった。麻痺の回復は難渋し焦りさえあった。

そんなことを知ってか知らずか「理学療法士の〇〇さんは凄いわね」と彼女は毎日呪文のように唱えていた。

退院日、彼女が病院へ書いた手紙には「〇〇先生」への感謝の言葉が書かれていたし、私のことはその他大勢のスタッフの一括りにされていた。 

疑いもなく、特別感謝されるのが当然と思っていた自分が恥ずかしかった。

・・そういや「作業療法士は黒子だ」って言われてたっけ。

『そもそも、作業療法の達成は「先生のおかげ」と感謝されることではない。患者さんが「1人でに良くなった」と思えるようにすることだ』・・そんなことを先生が言っていたっけ。

やっとスタート地点に立てた気がした。

けいゆう先生「最後、成長物語になっているところがいいと思いました。作業療法士に限らず、主役は患者であって、医療従事者は黒子なんです」

ヤンデル先生「複数目線、またはコミュニケーションエラーにつながる話を選んでいますね」

ヤンデル先生が選んだエピソード

テーマ 終末期

看護師だった私が初めて部屋の担当で看取りをした話。

その方は長年癌で闘病され入退院を繰り返し、私が新人で部屋の担当をしたときには既に余命わずかの時期だった。意識は朦朧としていたが強い倦怠感と痰が絡む事での呼吸苦で自ら痰の吸引希望を伝えてきた。その日も痰を吸引してほしいとナースコールがあり、付き添っていた娘さんに処置の間、少し部屋の外で待って欲しいと伝え、部屋を出てもらった。処置の時は家族に席を外してもらうようにと指導されていたので、毎回そのようにしていたのだ。その患者さんの最期がそのあと間もなく訪れた。先輩看護師にその患者さんの様子を看てもらうよう頼んで、他の患者さんの処置(ストマケアの為少し長く時間がかかる)に入っていた間に患者さんは亡くなった。部屋の担当だったにもかかわらず立ち会うことができなかった。

そんな短期間に息を引き取るなんて、午前中はナースコールもくれていたのに。呆然としながら先輩看護師を中心にエンゼルケアを行った。

今まで殆ど会話らしい会話をしていなかった娘さんが泣きながら、「本当は処置(吸引)の時にも側に付き添っていたかった。苦しい処置だからこそ手を握って励ましたかった」と私に話してくれた。入職3ヶ月程だった私は、まだ処置を行う事に必死で、状態観察に必死で患者さんともそのご家族ともしっかりコミュニケーション取ることができていなかった。その自覚もあった。

私の未熟さが遺された家族に後悔を残すことになってしまい、本当に申し訳なく、悔しくて悲しくて仕方がなかった。

日勤帯が終わり、初めての看取りということもあり先輩看護師と振り返りをし、娘さんの言葉、自分の未熟さ、話を聞き対応できなかった事への後悔を話しながらぽろぽろと涙がこぼれた。仕事中に泣いたのは後にも先にもこの時だけ。

3ヶ月の新人看護師の私は、コミュニケーションを取ることを怖がっていたと思う。話を聞いてもどうしていいかわからない事も多く、できない事を引き出すのが怖かった。

それがこんなにも家族の心に後悔を残す結果になるだなんて思いもしなかったのだ。

教わったルールを守っていればいいと思ってた。

ルールに気を取られ過ぎて、大切な事を見逃してしまった。

もうこんなことがないようにしたいと強く思った。

何よりも患者さんとその家族とのコミュニケーションを大切にしようと心に誓った。

その後の看護師としての姿勢に強く影響を与えた看取りだった。

ヤンデル先生「マンガにするならバッドエンドにしたいと思っていた。医療をマンガで扱うのにバッドエンドがあったほうがいいと思って選びました」

※その他のエピソードはこちらから読めます

https://comici.jp/stories/?id=284

ヤンデル先生「ほむほむ先生は特別ですね。患者さんやご両親にやさしく声をかけてる医師はいないです。でもこれからはほむほむ先生がスタンダードになるんじゃないかと思います。大塚先生は医療者がどう変わるかを実践していますね」

第一部終了

続いて受賞作品の発表がありました。

  • LOGLINEさん   「転院・退院」
  • ヒヅキオキナさん  「転院・退院」
  • herochikeさん   「人生の最終段階」
  • 桜饅頭さん     「脳卒中」
  • 月本シロさん    「脳卒中」
  • コシママユコさん  「けいゆう先生選定」
  • ワダシノブさん   「ヤンデル先生選定」
  • 油沼さん(大賞)  「人生の最終段階」

受賞作は医療マンガ大賞の特設サイトで全て読めます

https://medical-manga.comici.jp/

会場に大賞受賞者の油沼さんがいらっしゃっていました。あの独特なゆるふわなタッチが、深刻になりがちなエピソードをあたたかく包み込んでいる印象です。

油沼さん「がん患者のベッド周りの資料がないので、デフォルメして書かざるを得なかったのであの絵にしました」

聞いてみないとわからないものです。

第二部は写真家の幡野広志さんを迎えてのスペシャルトークでした。そちらはこちらの記事へ。

今回の第一部についてもnoteにもう少し詳しくまとめておりますので、よろしかったらこちらへ。

https://note.com/inutosanposuru/m/me734e77aa945

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