話題の人

医療マンガ大賞アフタートーク(2)写真家・幡野広志さんの言葉

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

この記事のつづきです。

医療マンガ大賞アフタートーク(1)

2019年12月13日(金)に開催された医療マンガ大賞のアフタートーク第二部は、写真家の幡野広志さんをお迎えして、京都大学の大塚篤司先生とスペシャルトークがありました。医療マンガ大賞のアフタートークのイベントは、登壇されたSNS医療のカタチの先生方も、第2部から参加の幡野さんもみなさん仲良しなんだなあというわちゃわちゃ感あり、観覧のお客さまもマンガ好きの方から医療関係者、患者など幅広い背景を持ちながら、終始笑いの絶えない、温かい雰囲気のイベントでした。

今回は、第2部のスペシャルトークで幡野広志さんがお話された内容の一部をご紹介します。第2部では、幡野さんをメインに、けいゆう先生やほむほむ先生も、蘇生について、医療ドラマについて、お話してくださった一幕がありました。お2人のお話を含めた完全版はnoteのほうに書きたいと思っています。

この日のスペシャルゲスト幡野広志さんは、うちの父と同じ多発性骨髄腫に罹患されています。写真家で、文筆家。AYA世代のがん患者でありながら精力的に仕事を続けられ、今月写真展を開催されるそうです。

それでは、幡野さんのお話抜粋です(以下敬称略)。

幡野さん、医療マンガ読んでますか?

幡野:えっとねー、ぼくマンガ結構好きで、読んでいて、家の本棚にもマンガだらけなんですけど、医療マンガはね、何か家でですねちょっとチェックしたんですけど、マイナーな漫画なんですけど『国境を駆ける医師イコマ』っていうマンガ知ってます? 国境なき医師団をテーマにしたマンガですね。6巻くらい出てる。これねえ絵がすげえ下手なんですけど、すっごい面白いの。すっごい面白いの。息子に将来読んでほしくて残してあるんです。

あとは手塚治虫の『ブラック・ジャック』。『ブラック・ジャック』は最近ちょっと読み直したんですよ。『ブラック・ジャック』は中学生くらいから何回も読んでるんですけど、あのー今になって読み返すと、子どもの頃とか健康なときはすごく面白かったんだけど、病人になって読むとけっこうつらい。(場内「へー」)けっこうつらい。あれっていうのは、まあブラックジャックが治すでしょ。治すんだけど、ほとんどのケースで患者の家族とか患者の親・子どもとか友達とか、行きずりの人とか、患者の意思も何も関係なく問答無用で治しちゃうの。で、ブラックジャックは患者と特にコミュニケーションしないの。かといって死にたいとか言ってる患者にはとんでもなくぶったたいたりするの。あれって時代があるんだけど、患者の意思が全く反映されていないマンガなんですよ。すべて、患者の家族の、家族だったりの話、で感動ドラマになっちゃってるんだけど、あれね、今更ながらに見てね、けっこうつらかった。健康の時はブラックジャックみたいな医者が正しいと思ったし、出てくる登場人物もいいなと思ったんだけど、今もしも自分だったら勘弁だなと思って。思っちゃうかな。見方かわった。

医療マンガ大賞受賞作について

幡野:別に治して幸せってもんじゃないので、病人って。その先に、治す前に仕事を失っているとか、人間関係壊れてるとか、たとえば婚約してたのが破棄になるとか、人生が病気によって壊れてるんですよ。だから病気だけ治したってその人生が戻るわけじゃないから、あんまり実は関係なかったりして。むしろその後どうやって生活するかみたいな問題が発生するから。実はね結構ね、病気治して『はい! ハッピーエンド』っていうのはぼくは実はないんですよね。それをね、すごく感じることかな。

で、大賞取った作品はね、なかなかその、それぞれの患者側の視点がよく見られていてすごくいいなと思ってました。でも実際でもあれって、大賞取っているわけですけど、本当の医療現場であの状況に陥ったとき、ああなるかといったらたぶんなんない。なんないと思う。たとえばじゃあ、終末期の患者さんがいて、じゃあ意識落ちました、で、家族の方が『先生どうしよう。助けてください』って言ったときに、医者が『何もすることはありません』とはたぶんならない。もし患者の家族が『なんとかしてください』って言ったら医者はたぶんやるし、医者だってなんとかしたいって思うし、あれはそのー、たぶんケースとして、ほぼない、レアなケースだからこそ大賞取るんだけれども、実際だってありますか?(会場、笑い漏れる) 終末期の患者に、患者さんの意識が混濁してるのに、事前に言うかもしれないですよ希望を、でも意識失ったときに家族の方が『先生なんとかしてください。やってください。延命してください』って言ったときに『いや、やらないですね』ってそうとう勇気居るし、実際自分たちってことじゃないにしても、平均的な業界の風習として、やります?

幡野さん流・かげほめの話

幡野:ぼくもね、その常々、お医者さんほど医者が悪いって思いがちだけど、ぼくもね同じで患者側だから患者が悪いって思っちゃうんですよ。医療のコミュニケーションにおいて、コミュニケーションエラーってなんか医療者側ばっかり責められがちだけど、ぼくはなんかね患者側だからかもしれないけど、患者もずいぶん……。だってコミュニケーションって双方向ですから。一方向じゃないので患者側にはやっぱり大きな問題があって、だからやっぱり大切なのは相手の立場を考えることが一番大切かなとぼくは思っているんですけれども。両者の立場とか、医者とかコメディカルの方だとか、あの家族・親族・友人。そういう人たちの立場を考えるところが大切だとは思うんですけど、その上で何が問題かが見えてくる。患者側にも往々にして問題があるんじゃないかな。

ちょうどね、2年前の今頃初めて入院したんですよ。病気が分かって。そのときに主治医の1人、主治医3人いったんですけど、1人が同年代ぐらいの男性の主治医と、同年代位の若い、若くないか看護師さん。(会場笑)同年代位3人でしゃべってたんです。病気の話じゃなくて雑談的な感じで。で、わりとゲラゲラ笑っちゃってたの。そしたら八十歳ぐらいの患者さんに、すっげー怒鳴られたの「うるせえぞ!」って言われて「どこだと思ってるんだ!」って言われて。患者と医者と看護師がすいませんって謝って。でも結局そういうのがあると、まあ医療者2人はすぐ謝ってくれたんだけど、ぼくも謝ったんだけど、でもそれ以降そういうことがなくなっちゃったんですよね。怒られちゃうから。そういうのがあると、たとえば、そのドクターも看護師さんも、初めましての患者さん来ます。また地雷踏むかもしれないからそりゃ遠慮しますよ。患者こそが医療コミュニケーションエラーの元凶の一つ。あと患者さんの家族がね。なってんぞと思ったんですよ。それに対してイライラしてしまう医療者の方がたくさんいる訳ですよ。それがまた結局患者に跳ね返ってくるし、みんなでみんなの首絞めてるなと。2年前の今すごく感じたんですよ。

で、ぼく、今だからちょっと言えちゃうけど、入院しているときにすごい苦手な看護師さんが一人いたんですよ。もう、たぶん嫌われてたんですよ。たぶんその入院してきてるのにずっとパソコンとか打ってるし、写真とか撮ってるし、何だこいつって、たぶん思われちゃったんですよ。明らかにもうあのー、外泊したかったんですよ週末とかは子どももいるし。会いたいし。だけどわかりやすく外泊の許可を出さなかったんです。その、医療事故を防ぐためとかあったと思うんですけど、わかりやすくちょっとした嫌がらせみたいなの受けちゃったんですよ。で、まいったなこれって。こいつのことをすごくまあ怒ってもいいし、何か他の方に告げ口してもいいんだけど、ぼくがとった方法はその人のことをめちゃくちゃ褒めたんですよ。直接ほめる「よくやってくれますね」って直接言うんじゃなくて、他の看護師さんとか、ドクターとか、医療助手? 看護助手の方に「何々さんすげえいい人で、すごいよくやってくれて」。毎日車椅子で押してくれるときにとかに「何々さんがすげえいい人で」って言ってたらピタッと止まった。(場内笑)そりゃそうだよね、だって自分のことを褒めてくれる人を、つまり職場の評価が上がるわけじゃないですか。それでどうしてわざわざ嫌がらせ、嫌がらせって言ったらあれだけど、しないって。そのときに、まあそういうやさしさみたいなもので結局好循環が始まるんだなと思った。たぶん嫌な人が沢山いたから、悪循環として患者も医療者も家族もみんな苦しんでるんだけど、どっか一つであのやさしさを始めれば、たぶん好循環が始まるんじゃないかなと思って。で、ぼくも外泊できるようになったんです。すべてが、すべてがいい方向に回ったんです。

ブラック・ジャックよりサザエさん

幡野:う~ん……。何ですかねえこれって結局、立場によって見方変わるっすよね。サザエさんとかって、子どもの頃見てるとカツオの目線で見てたんですよ。カツオって頭いいなあって。勉強できないけどすっげー頭いいなあって思ってたんですよ。カツオって怒られてばっかじゃないっすか。なんか昔見たエピソードで、テストで100点とった? あ、作文で100点取ったの、あの性格だったら普通はあんな怒られてる子だったら、すぐに見せびらかして、おこづかいの要求とか、おやつの要求とかしそうなもんだけど、彼は過去にお父さん・浪平の大事なものを壊したことがあって、それを壺の中に隠していて、その壺のフタに使ったの。で、バレるの。バレて『バッカモーン!』ってなるんだけど、家族を褒めたたえる作文なの。それで、許すの。まあまあ、いいじゃないかって。すごいなって。こいつ天才だと思って。こういう生き方をしようと思ったの。今は子どもができて、妻の親戚とかとつきあっていると、マスオさん目線で見ちゃう。とんでもない人格者がいるぞと(場内爆笑)。

患者目線のマンガってどう思います?

幡野:成り立たないと思うんですよね。なぜなら圧倒的に患者の数が少ないから。まあ、みんないずれ病気になっちゃうんだけど、高齢者ばっかりでしょ。大学病院にぼく毎週行ってますけど、おじいちゃんと、おばあちゃんしかいない。(場内笑)小児科とかあるから赤ちゃんとかいるけど、病人として来てる30代なんかいないんで、よく2人に1人ががんになりますよっていうけど、30代でがんに罹患する人なんて0.1%以下でしょう。いないから、なかなか共感は得られないでしょう。やっぱそれよりも、家族側の視点であったり、医療者側の視点のほうが想像しやすいですよね。患者側の視点はね、なかなかやっぱりこう商業として成り立たない。もうちょっと患者が若ければね、若くして罹患する病気があるんだったら成り立つかもしれないけど。

がん患者からの発信について

幡野:ぼくもちょっとけっこう厳しい意見になっちゃうし、耳が痛くなっちゃう患者さんとかもいるとは思うんですけれども、えっと情報はね、意外と発信はしてるんですよ。アメブロとかには闘病ブログとかいうジャンルもあるし、探せばあるはある。だけど、闘病ブログの最大の特徴って、病人が書いて病人が読んでます。その病気になった人が見てるだけであって。だけど情報として伝えるっていうのは、いかに患者の視点を患者外の人に伝えるってことなわけで、医療者も実は医療者の論文って医療者しか読んでない。学会みたいなものが起きてるし、患者会みたいなものが起きているんだけれど、本当は双方の情報を共有することが、双方の情報と双方の視点が大切なんだけど、それとは関係のない一般の健康な方がすることが大切なんだけれども、患者さんの発していることっていうのは基本的に怒りがベースになっちゃってるんですよ。

要は確かに病気になると痛みはあるし、まあストレスの多い生活になっちゃうから、怒りっぽくなっちゃうんですよ。これたぶん、医療者の方はすぐわかると思うんだけど、がん患者さんって怒りっぽいでしょう。がん患者さん怒りっぽいの。あ、人にもよります。もちろん人にもよるけど、あの、ぼくがなんかね、少し一翼を担っちゃってるけど、がん患者がやさしいとか、おだやかっていうのはそんなにないと思う。お年寄りがやさしいっていうのと同じこと。あの、めんどくさい年寄りだっているし、早く死ねよと思っちゃったり。それと同じでその中にいいお年寄りもいるんだけど、怒りをベースにしちゃっている方がやはり多いんですね。それで、患者同士は気持ちがわかるから共感できていいんだけど、怒りっていうのは、あの、共感できない怒りっていうのは不快なんです。たとえば、女性だったら痴漢受けた、怒る。女性は共感できますよね。で、男性っていうのは痴漢の被害を受けた経験がほぼないわけだから、共感まではできないです。だから、それに対する女性に対して不快感を覚える男性もいるんです。怒りっていうのは共感されればすごく届くんだけど、共感されないものはシャットアウトされちゃう。だから、たとえばグレタさんの問題とかもそうだけど、怒りっていうのは二分しちゃうんですね。だから、がん患者さんが発信するときにどうしてもこう不満とか怒りみたいなものをベースにしていると、それはだって健康な人には理解されないことなんです。やっぱりそこでコミュニケーションエラーがまず起きる。

この間の人生会議のポスターの一件もありましたけど、多くの患者さんが怒って、何これ問題があるの? っていう大多数の健康な方の意見が発生するわけですよね。物事をね、怒りたくなる気持ちはわかるんだけれども、そこをまず抑えて、相手の立場や目的みたいなもの。相手が何を求めているかをちょっと打算的に考えていったほうが情報は伝わるなと思いますね。

(終)

その後

わたしは、がん患者でブログも書いているけれど、幡野さんの話の中で、患者と看護師とのコミュニケーションスキルが必要とか、がん患者は怒りっぽい人が多いとか、闘病ブログは病人しか読まないなどというのを聞いて、それは違うよ違うよと心の中でつぶやいていました。残念な意見でした。

ということをTwitterでつぶやいたら、幡野さんからご反論をいただきました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。